3年ぶりのバングラデシュ…。
[変わったもの]
交通事情が若干良くなった気がしないでもないです。相変わらずクラクションと怒号の嵐ですが、信号を守っています。その他で僕が最も驚いたのは、新しい建造物の多さです。どんどん近代的な(に見える)オフィスビルが乱立しています。宇宙博物館のプラネタリュウムの立派さには感動さえ覚えました。
[変わらないもの]
バングラ人の、異国人に対する親切心やホスピタリティー精神は全く変わっていませんでした(単に物珍しいだけからかもしれませんが)。僕も諸事情により予定を変更して緊急帰国することになったときでも、快く全てのサポートをしてくれました。ただ、ダッカ市内を移動する限り、正直に言ってストリートチルドレンの問題は、あまり解決されてないように思いました。因果なもので、医療の発展に伴って、バングラデシュの人口は増加の一途にあるそうです。
[新たな発見]
バングラ人はすごいせっかち。3年前に渡航した時は、約束した時間にはちゃんとこないし、「こうしてほしい」という要望も伝えてもちゃんと聞いてなかったりと、結構アバウトな人種だなぁと思っていたのですが、どうも必ずしもそうとは言えないようです。今回、前述のプラネタリウムや映画を現地で見たのですが、それらが終わった途端に彼らはぞろぞろ出口に向かいます。日本では映画を見るときクレジットまでちゃんと静かに見る人のほうが多いと思いますが、バングラでは、席を立って帰るどころか、クレジットが流れてすぐに、フィルムがぶちっと止って部屋が明るくなってしまいます。
要は、人を待たすのはいいけど、他人に待たされるのはいやだっていうことになるんでしょうか。しょうもない国民性ですが、案外、僕みたいなアバウト人間には激しく生活しやすい国だったりします。
約3週間ぶりのエントリー。
Study Tour以降、かなりバタバタとしていて、ブログを更新する暇もありませんでした。
とりあえず、バングラデシュからは無事に帰国し、それなりに元気にやっています。旅行の様子はまた詳しくブログで書こうかなと思っていますが、行程は以下の通りに変更。
2/7 NGO→BNK 2/8 BNK→DAC
2/13 DAC→SIN 2/14 SIN→NGO
…そう、トランジットでシンガポールに行ってきてしまいました。
本来ならば往路・復路ともに、タイのバンコク経由だったのですが、僕の個人的事情により予定を早めて緊急帰国することになったので、新しくシンガポール経由のチケットを購入して帰ってきました。乗継まで12時間以上あったので、シンガポール観光を存分にしてきました。
帰国後は、すぐにその事情を片付けて、終わったと思ったら、クララの休日出勤。
この時も運悪く、お客様のマシンでHDDクラッシュが発生。データセンターに出向いてマシンをrebootするも正常に再起動せず…。そもそもマシンの交換をした経験がなかったので、通常以上に作業に時間がかかってしまい、朝まで復旧作業をするハメになりました。
そして週末は上京して、4月からの新居探し。
研修が新宿、東京勤務なら勤務地は市ヶ谷か天王洲アイルということで、京王線沿線の物件を中心的に探しました。結局色々とまわって、新居は世田谷区の千歳烏山に決定。商店街が多く、下町雰囲気のかなり住みやすそうな街です。
さぁて、残り一ヶ月、後悔のないように有意義にすごさなきゃ。
ちょうど3年ぶりにバングラデシュに行ってきます。
以下のようなスケジュールにです。何か御用のある方は、普段使われている僕のHotmailにメールしてください(返信できる可能性は極めて低いですが…)。
2/7 Nagoya / Bangkok
Thai Airways International TG645 10:00~15:15
2/8 Bangkok / Dhaka(ZIA)
Thai Airways International TG321 10:30~12:00
2/17 Dhaka(ZIA) / Bangkok
Thai Airways International TG322 13:10~16:25
2/18 Bangkok / Nagoya
Thai Airways International TG644 00:20~07:40
バングラデシュに始まり、バングラデシュに終わる学生生活というのも『粋』だと思いませんか?さぁ、僕を海外のとりこにしたあの国は今一体どうなっているのだろう。無事に帰国したら、また写真をUpしたいと思います。
それでは行ってきます!
今日のブログは某さんの丸の内SOHOオフィスから投稿しています。
ここ2~3日、睡眠時間が激減したためギリギリのラインで意識をつなぎとめています。何故そんなに忙しかったと言うと、自動車学校と卒業論文。
前者は本当に「ようやく」という感じですが、ようやく卒業できました。あとは本試験を受けてめでたく合格すれば晴れて免許獲得というわけです。ちなみに効果測定はこれもほぼ一夜漬けだったのですが、100点満点でした。まだまだ僕の「ギリギリに追い込まれてこそ最大のポテンシャルを発揮する」という、ダメな法則は続きそうです。
後者の卒業論文は、それ以上にヘビーでした。以前にも投稿しましたが、半端ではない量の文章を手書きで仕上げなくてはいけません。ノート一冊全てを文章で埋め尽くし、さらに400字詰め原稿用紙87枚を書き上げました。Wordでのタイピングまでくれば、もうこっちのものなので、ほぼ終わったも同然です。週明けからバングラデシュに渡航するため、最終的な提出期限も上手く言いくるめて2月末までにしてもらいました。
バングラデシュといえば、今ダッカ市内および周辺では若干の治安の悪化が見られます。
その原因はハルタル(ゼネラル・ストライキ)です。ただいま、各方面の方々に協力して頂いて現地の情報を収集中です。
ともあれ、やっとこれで今まで僕をさんざん苦しめてきた二大受難が一挙に消え、脳みそ42時間連続稼動でもテンションはハイ。入社の4月1日まではあとのこり2ヶ月弱。それまでにすべきこと・したいこと・しておいたほうがよいことはたくさんあります。この期間は僕にとってみれば、ある意味執行猶予期間みたいなものですが、その心中は複雑なものです。生活の環境が大きく変わり、僕の人生におけるセカンド・ステージの幕開けを楽しむと同時に、心をよぎる不安は・・・
果たして、生き残っていけるのだろうか。
Hybird Emotion is here.
「職業、戦争カメラマン。現在失業中」
そんなアイロニーのきいたフレーズを自らの名刺に載せていたのは、世界的にも有名な戦場カメラマン、ロバート・キャパ。僕がまだ高校生の頃、この人の写真集に偶然出会い、その写真が語りかけてくる人間という生き物のリアルな描写に魅了されてしまいました。ちょうど一年前には横浜まで写真展を見に行きました。
キャパはそのカメラのファインダーを通して、まるで人間の心の奥深くを透かして見ているようです。悲しみ、喜び、怒り、嘆き、そして死という「無」。戦場カメラマンとしてその名が知れ渡っているキャパですが、僕はどちらかというと、彼が人に対する愛情を持って写した家族、子供の写真のほうが好きです(僕は写真評論家ではないので、彼の評論はこれぐらいにしておきます・・・)。
そんな彼も結局は40歳という若さで、インドネシアの戦場で「殉職」してしまいます。
現在でも、数多くの戦場カメラマンが、イラクを始め、世界各国の戦場でその尊い命を落としています。
果たして世界中のカメラマンが失業する日は来るのでしょうか。