最近忙しいので手抜き。
以前ご紹介したPax IV HyperのBlogでエントリーしたものを再利用…。このブログの書き手は某電気機器メーカー研究所勤務の先輩で、ボーイスカウトの国際協力プロジェクトのパイオニアです。なかなか面白いのでよければ覗いて見てください。
現在、僕は卒業論文に取り組んでいる。
テーマは「企業経営における分業の経済的機能と道徳的機能」である。分業(協業)を論文のキーワードとし、既存の分業研究を経営学・経済学と社会学にまたがって把握し、それらの一元的な理論統合を試みている。具体的には、これまで分業はその効率性及び生産性の向上など経済的側面のみが強調されて理論が展開されてきたが、それだけではなく、社会学的なアプローチも含めて分業を総合的な観点から把握するというのが卒業論文の趣旨である。
従って、研究範囲はアダム・スミス、マルクスなど国民経済学からバーナードなどの組織管理学、さらには代表的な社会学者であるエミール・デュルケムの社会分業論と、非常に広範に渡る。
以上が論文の概要となるが、要は分業・協業が人間に一体何をもたらすのか、ということである。
ある作業工程を細分化し、各々の労働者に分配することで、その労働者は特定の作業に集中することが可能となり、経験や知識が蓄積される。その結果、作業効率は上がり、確実に生産性は向上する。これは経済学・経営学の常識である。
しかし、分業がもたらすものはそれだけなのだろうか。分業の心理的・精神的影響に着目したのが前述のデュルケームである。
彼の説によると、分業により作業が細分化される。当然分割後の作業は各個人で異なるため、組織全体として何かをなし遂げるためにはお互いの協力や連携が必要不可欠になる。このような非類似性から個人間に連帯感が発生し、まるで有機体の器官のように密接に結合しあっている状態が生じるとデュルケムは言う。これを有機的連帯と呼ぶ。しかし、この理論は1世紀以上も前のものであり、ジョルジュ・フリードマンにより完全に否定されている。確かに製造業における単調なライン作業ではこのような連帯感が発生するとは考えにくいが、例えば非製造業のサービス業、またはプロジェクトチームなどといった局面では十分に考えうると言える。
ボーイスカウト、アイセック、学生団体においても分業・協業は作業効率化の手段として使われる。ボーイスカウトの多くの海外プロジェクトでは、業務を「クルー業務」と「プログラム業務」に分類し、メンバーは両業務から一つ特定のタスクを兼任するというマトリクス型組織を構成している。
では、このような非営利組織においても分業が果たして参加者間に連帯感を生み出しているかというと、正直その判別は非常に困難である。というのも、組織内で特別問題が生じない限り、構成員間に連帯感は生じるが、それは数多くの要因によって為されているのであって、全てを分業に帰すということはできないからである。
みなさんは、非類似的な分業・協業が連帯感を生み出すと思いますか?営利組織・非営利組織に関わらず、経験に基づいたご意見を頂けると幸いです。もちろん、理論的誤の指摘や批判なども大歓迎です。
